鉄塔ロマン
夕方、犬と散歩をしていたら、遠くから声がした。周りを見回し声の方向を追うと、一人の男性が空に向かって大声で叫んでいる。「ああ、そうか」。空には人がいた。
我が家の近くには送電線の鉄塔があって、もちろんそれに続く鉄塔が何本も一直線に並んでいて、当然それらは高圧電線で繋がっている。高圧電線といったってどのくらいの高圧なのか、よく分からない。鉄塔の高さは、30メートルくらいだろうか、比較するものがなく、遠近感がないのでよく分からない。作業員が2人登っていて、下にいる補助員?と話している。「6時15分くらいまでね」みたいなことを言っている。5時半を少し過ぎたころだから、まだ、40分以上もあの高いところで作業をすることになるようだ。たぶん点検保守作業だと思うが、何をどう点検しているかはよく分からない。作業中のいま、電線に電流が流れているのか、それもよく分からない。彼らが、なぜこの作業を選んだのか(選ばれたのか)、手当がいくらなのか、全く分からない。でも、僕は高いところがとても苦手で、想像しただけで息苦しくなるし、こうした彼らをすごいなあ!と無条件で拝みたくなる。
ちょうど、彼ら(2人登っていた)の後ろに白い上限の月が見えた。男のロマンじゃないか。軟弱な僕には、2人がとてもカッコよく見えた。
学生時代、新宿の高層ビル建築ラッシュでがあって、学生でありながらそういった場所で日雇いで稼いでいた仲間もいた。新大久保で待っていると、トラックが来て運ばれていくのだという。高いところに登るので、一日1万円程度もらえると言っていた。当時、普通のアルバイトは時給300円から400円程度。時給500円というのがあったけど、すぐに決まってしまっていた。だから、1万円は破格で羨ましかった。その日雇いから帰ってきた仲間の話を聞きながら、僕は勝手に鉄骨の梁の上を鉄パイプを担いでホイホイ歩いている映像を浮かべていた。男だなあ、かっこいい!とその時、感じたものだ。
その後、たまたま某放送局のホール建築でアルバイトに行く機会があった。舞台の後ろにある反響版や緞帳の取り付け作業だった。5、6メートルの高さまで登って金属板を叩く簡単な仕事で、気軽に引き受けた。上から吊るされたブランコみたいな道具に乗り、一応命綱を付け、登った。いざ登ると、これがいけない。身体がいうことを利かない。下を見る。それほどの高さではないことは頭で分かっていても、徐々に恐怖感がきて震えがきて止まらない。冷や汗がでる。目が回ってくる。その時はどのくらいの作業時間だったか覚えていないけれど、二度目は代わってもらった記憶がある。テレビでこのホールが映されると、必ず思い出し、手が汗ばんでくる。
以来、高いところは避けて通っている。デズニーランド行ってもジェットコースターは乗らない。バンジージャンプなんてもってのほか。この世からなくなってほしい遊びだ。でも、東京タワーは好きだな、ロマンがある。スカイツリーも大丈夫。あれくらい大きくて高いと、現実感がないからね。