アニバーサリーな札幌国際にて

今年もスキーができることに感謝しよう。

40歳になった札幌国際スキー場

元旦の翌日、昨年同様札幌国際スキー場に行ってきた。南区にある我が家からだと、札幌国際までは1時間足らずで行ける。この日の札幌市内は暖かく、日中はプラスの気温で雨交じりの雪が降る天気だったが、スキー場近くまで来ると結構な雪になってきた。
ゴンドラの始発のアナウンスが流れる中、スキー場に到着。準備にスキーロッジに入る。館内には「40周年」とポスターが表示されていた。そんなになるのだなあ。
当時を思い出す。確か札幌からもっとも近い本格的なスキー場として誕生したと記憶している。近いと言っても、昔は幹線道路が片道1車線で時間を要した。特に休日の朝はスキーキャリアを付けた車が連なって渋滞した。
人気だったのは、ほぼ山頂まで一本のゴンドラで行ける便利さ。寒さを我慢しなくてもスピーディに山頂へ行けるゴンドラは、まだ珍しかった。初級・中級・上級とコースも選べ、比較的滑走距離も長い。宿泊はできないがリゾート気分を味わえるしっかりとした大きな建物があって、ゆったりと食事も楽しめるという印象だった。そのころは、ニセコやルスツまで行かなければパウダースノーは楽しめなかった。その点、ここは雪が多く、早くから遅くまで長いシーズン滑ることができる。たくさん雪が降り、いつでも頂上付近は新雪・深雪が楽しめる。
今は、途中までの幹線道路はほぼ2車線で道も真直ぐになり、定山渓がとても近くなった。温泉街へ行く手前を右折して、左にダム湖を見ながら15分ほど車を走らせるとスキー場に着く。ダム湖も、スキー場ができたころにはなかった。スキー場への案内では、札幌駅から車で約1時間と出ているが、冬道走行と札幌市内の渋滞を考慮すると20~30分余分にかかる。

札幌国際スキー場のゴンドラ山頂駅。この日は一日中雪が降る。太陽が薄っすらと見える程度。

山頂へ着く。やっぱり寒い。雪は降り続いていたが風があまりないのでヨシとしよう。このスキー場で風が吹くと大変だ。前がまったく見えないホワイトアウトの世界。風向きで顔に容赦なく雪粒が当たる時は、それはそれは痛いのなんの!ゴンドラやリフトも停まることが多く、自然との我慢比べの状況になった時には、とても楽しむ気分になれない。
晴れた日に樹林の間を抜けるコースはとても気持ちが良く、遠くに石狩湾も見えて「この定山渓から海が見えるんだ」と驚いたものだ。住所は札幌南区定山渓だが実は小樽が断然近い。札幌駅からだと約45キロだが、小樽駅からは25キロ程度。ただし、距離が近い小樽方面からの道路は、以前は冬期間通行止めとなる難所である。今は改善されていると思うが、狭くて曲がりくねった急坂のイメージがあって、夏場はともかく冬の通行は遠慮している。

毎年、何度もスキーに行くわけではないが、今年は少しやってみようと思う。足腰が衰えてはいるものの、まだ何とか楽しめるので、今のうちだと思う。できればニセコにも行ってみたい。キロロやルスツ(スキー場)などがあるが、コースの長さや変化、パノラマ感といった景色など、総合的に見てニセコが北海道で一番のスキー場だと思う(あくまでも個人的な評価)。アンヌプリの千メートル台地を越えると木が生えていないので全てが滑走コースになる。リフトの終着からさらに上、スキーを担いで一歩一歩登ったニセコアンヌプリ頂上からの滑降は、他のスキー場では味わえない開放感に浸れる。晴れると正面に蝦夷富士と言われる羊蹄山が浮かぶ。この眺めも素晴らしい。そうチャンスはないかも知れないが、滑降可能な時期が来たらもう一度チャレンジしてみたい。

晴れた札幌国際スキー場はこんな(下の写真)感じ。4年前の写真(^^;)
全てアクションカメラで撮影した動画で、画像に取り込んだもの。晴れると綺麗に撮れるが、雪の日はさすがに画質が荒れる。それでもこうしたハイビジョンの動画撮影が気軽に楽しめるなんて、なんていい時代なんだ。40年前にはとても考えられなかった。スキーをしているところが撮りたくて、当時話題の8ミリカメラを持って行ったことがある。今になって見ると、白く飛んだ景色と顔が黒く誰が誰だか分からないひどい映像だ。それでも僕にとっては大切な記録ではあるけれど。

上越のスキー場を懐古する

以前のブログにも書いたが、僕の若いころの冬のレジャーと言えばスキーが主流だった。若者は躊躇なくスキー場を目指した。東京に住んでいた僕らにとっては、最も人気が高かったのが苗場スキー場だった。ワールドカップが開催され、ご存じユーミンのコンサートがあったりして、とにかく人が集まるスキー場だった。だから休日のゲレンデはまともに滑ることはできなかった。食事の席取りに苦労した記憶は、しっかり残っている。ま、他のスキー場も似たようなものだったけれど。
苗場はやっぱり車で行ってプリンスホテルに宿泊してナンボの場所だったから、金のない田舎モンとしては少し北に位置する越後湯沢スキー場や石打丸山スキー場、上越国際スキー場などを目指した。
北海道生まれの僕は知らなかったが、上越のスキー場は想像以上に近かった。数もたくさんある。後年、新幹線が(大宮発着)開業してさらに近くなり、日帰りもあまり苦ではなくなった。早朝に出発すれば午前中にはゲレンデに立つことができ、一日滑ることができたのだ。スキー板を持ってリュック担いで山手線に乗り、京浜東北線で乗り換えるという光景が多く見られた。
そう言えば、渥美清さんが寅さんスタイルで「この板っ切れじゃまよ!」といった啓蒙ポスターがあった(うろ覚え)。確かこうした時代の広告だったような気がする。ホームなどでスキー板を安易に立てかけるのを注意した広告だ。電車内でバタバタとスキーが倒れる、という光景を僕も見た。危険だよなあ、当たると痛いで済まないよね。今でも、東京でこのようなことあるのだろうか?ちょっと想像できないナ。
昔を振り返る。通勤で混雑する朝の電車、申し訳ないなあと思いつつも「羨ましいだろう、これからスキー行くんだ」というささやかな優越感で出発する自分がいたように思う。

国境の長いトンネルを抜けると

上越新幹線ができるまでは、上野から上越線の急行に乗るわけだが、この線の楽しみは清水トンネルを通ることだった。水上を過ぎてトンネルに入り、土合駅でいったん停車。さらに揺れて
・・・長いトンネルを抜けると・・・本当に「雪国」になる。何度かここを通ったが、いつも車内に歓声が上がっ
た。ここではみんな小説家になるのだ。残念ながら、新幹線を利用する今は、この感動を味わえない。新幹線もトンネルを抜けるが、車窓にパーッと雪国が映ることはない。せひ一度信越線に乗車して実感してもらいたい。

信州のスキー場を語る

まとまった休みが取れた時には信州のスキー場に行った。規模から言ったらこちらの方が大きいスキー場が多い。本州で一番最初に連れて行かれたスキー場が野沢温泉スキー場だった。学生時代の春休みだった。
JR(当時は国鉄)を乗り継ぎ、最後はバスに乗って向かう。全く地理関係が分からなく文字通り連れて行かれたので、こんなところにスキー場があるのか?と思った。確か2月末か3月初めだったので、電車を降りた辺りには雪が無かった。バスに乗って山道を走り、やっと温泉街に着く。道路に水がジャージャー流れている不思議な光景に出会った。こんな雪のないところでスキーはできるのか?
スキー場に行って不安は一気に解消された。ゲレンデは真っ白で長ーいリフトがあちこちにあった。こんなデカいスキー場は初めてだったのだ。しかもこの日は晴れて暖かい。リフトを降りるとコーラやカップ麺が売っていたのには驚いた。ポカポカ陽気で長いリフトでは眠気を催した。こんな経験も初めて。本州のスキーは何て素敵なんだ。
そんなことがあって、その後スキー場ガイドブックを買ってあちこちのスキー場巡りとなる。最も気に入ったスキー場を上げるなら八方尾根スキー場だ。ここのリフトを乗り継いだ上の方は1,500メートルを越えるいわば山岳スキー場だ。麓が晴れて暖かい時でも上は猛吹雪ということが多くあった。真冬は天気が安定しないので、暖かくなって天気が落ち着く3月がお勧めだが、反面、雪がベタ雪になって、さらに黄砂の影響で雪に色が着くのが難点だった。栂池や乗鞍、コルチナなど、沿線を渡り歩いたこともある。他にも志賀高原や斑尾、菅平など、随分いろいろ行った。東北の山形蔵王、宮城蔵王スキー場でも滑った。山形蔵王の山頂(マイナス15度、風速14メートル)からの樹氷原コースは、北海道生まれの僕でも貴重な体験だった。
北海道に戻って来てからは、本州のスキー場にはなかなか行く機会がなくなった。さすがに北海道から板を担いで上越のスキー場へ、とはならない。果たしてユーミンが苗場に呼んでくれたら・・・喜んで行く!