だから、高校野球は面白い

高校野球が終わり、ちょっと寂しい物足りない日々となった。プロ野球も好きだけれど、今年は贔屓の日ハムが想像を超える残念な結果で期待を裏切り続けている。日ハムに関して言えば、昨年は上手く行ったことも、今年は裏目裏目で、こんなこともあるのだなあ、プロ世界は厳しく現実は甘くないなあと思う。実力からいえば、やっぱりソフトバンクは強く、日ハムはまだま力がついていないということなんだろう。

今年の高校野球は、とんでもない試合や劇的な試合が多かったように思う。一番印象に残った試合をあげるなら仙台育英×大阪桐蔭戦だろう。ツーアウトからのドラマは幾度となくあった甲子園も、さすがにこのストーリーは無いと思えるが、どうだろうか。否、かつて逆転のPLが、こんな試合をしたような気がしないでもない・・・。

盛岡大付×済美の試合もすごかった。盛岡の満塁ホームランのすぐ裏に、済美から負けじと満塁ホームランが出た。今年は、特にホームランが多く、たとえ大負けしていても、どこかで逆転するのではないかと、結構、ハラハラさせられた。広陵×天理だって、一歩間違えれば、6点差を撥ね返す奇跡の大逆転がありえた。実力的に見て今年は広陵だなと思えたが、予想を裏切って花咲徳栄が優勝となった。これが甲子園。だから面白い。いづれこの中の何人かが、プロの道に進むのだろう。今年のピカイチは広陵の中村君。打席でこれほどワクワクさせる選手もそうはいない。早実の清宮君とともに今後の活躍が楽しみだ。

野球に限らず、スポーツ全般、見ていて感情移入が子どもの頃から激しかった。手に汗握るなんていうのはあたり前で、ボクシングを見ていても、選手と同じように右や左にスウェーするし、ゴルフのパットシーンは、選手と一緒に首や腰を傾ける。だから、錦織のテニスを見ていると疲れるのなんの。最後まで見ていられない。

昔、北海高校が選抜の決勝戦に残ったことがあった。僕はラジオで応援していたのだけれど、下関商に10対0で完全にやられた。小学生だった僕は、オホーツクの片田舎でラジオを聴きながら大泣きし、外に飛び出していた。選抜の時期だから、外はまだ雪が残っていて寒く、さらに僕をいたぶった。甲子園にいたら、きっと下関商に向けて砂を投げつけていただろう。以来、山口県や下関に行ったことがないし、今でもその名前を聞くと悔しさがにじみ出る。

当時、準優勝した北海高校のエースで4番の吉沢選手は、その後巨人に入団。3番を打っていた谷木選手は、大学、社会人野球から中日に入団したので、知っている方も多いと思う。相手の下関商のエースは池永選手だった。池永選手はその後に野球界を揺るがした黒い霧事件に巻き込まれ、残念なことになったが、実力は悔しいほどすごかったのだ。大人の世界に巻き込まれ、23歳で野球界から去らなければならなかったのは、とても悔しかったに違いない。詳しい事情は分からないが、もっと早く復権してもよかったのではないかと思う。

札幌に住んでいると、北海高校のOBに出会うことも多い。谷木選手は札幌に在住しているから、たまにうわさ話を聞くこともある。札幌でおでん屋を営んでいて、店には多くのフアンが集まり、当時の話で盛り上がることもあるらしい。残念ながら今は店を閉めてしまった。僕は店に行ったこともお会いしたこともない。今でも僕のヒーローとして心にしまい込んだままだ。

<余談1>
選抜の甲子園は一度観戦したことがあるが、残念ながら夏の大会はまだ未体験だ。駒大苫小牧が優勝した時は、無理にでも仕事をさぼって行けばよかったと後悔している。初めて駒大苫小牧が優勝した時に、凱旋帰省する駒大ナインと羽田空港で会った。多分、大阪からの直行便が取れなく、羽田経由になったのだろう。機内に乗り込もうと待っていたマー君と目が合って、来年も頑張れよ、みたいな偉そうな声を掛けた。今思うと、とても恥ずかしい。当時はまだ一年生だったから、身体は人一倍デカかったけれどちょっと控え目で、恥ずかしそうにニコッと微笑んだ顔が印象的だった。

<余談2>
大阪の道頓堀川の立ち飲み屋に入ったことがあった。店内は地元の人の甲子園談議で盛り上がっていた。北海道から来た僕に、清原や桑田の名前を出していろいろ自慢話。彼らからすると、みんな教え子みたいになる。大阪人は面白い。

かつて巨人フアンの僕は、桑田選手が好きだった。2006年、彼が引退すると聞いて最後の登板になるであろうよみうりランドにある「ジャイアンツ球場」に一目見ようと行った。二軍戦が最後になるのはちょっと寂しいが、結構なフアンが応援に来ていた。投げるフームと18番はちっとも変わっていなかった。その後、彼は大リーグを目指して渡米する。
ジャイアンツ球場には長嶋茂雄氏のこんな石標がある。